2022-01-01から1年間の記事一覧
1975年、国連ではアラブ諸国がイスラエルにボコされまくった逆恨みで、シオニズム(ユダヤ人の民族自決)を人種差別と決めつける決議案が提出されました。 イスラエルが欧米と組んでいたのものあって、欧米が嫌いな東側諸国や旧植民地が賛成しました。 ただ…
ポルトガルは1415年以降、アフリカなどに植民地を持っていましたが、第二次世界大戦後の独立運動ブームを見て、名前だけ海外州に変えていました。 しかし独立闘争が続発し、当時の政権(エスタド・ノヴォ)はこれを徹底弾圧します。 アフリカ大陸では、凄ま…
キプロスでは1960年の独立以来、ギリシャ系とトルコ系の対立が続いていました。 そんな中でギリシャとキプロスの統合のため、ギリシャ軍事政権(1967〜1974)の支援でギリシャ系過激派グループ(EOKA-B)が中立の大統領マカリオス3世を追放し(1974年キプロ…
第三次中東戦争でイスラエルに完敗したアラブ諸国は、イスラエルへの復讐の準備をしていましたが、イスラエルは彼らをナメてました。 アラブ諸国は、ヨム・キップール(ユダヤ教の贖罪の日)にイスラエルを奇襲し、イスラエルは結構ボコされました。 しかし…
独立以来混乱が続くカリブ海の島国ハイチで、フランソワ・デュヴァリエ(パパ・ドク)は黒人の権利を支持する医者として登場し、1957年の大統領選で当選しましたが、自分へのクーデター未遂後すぐに独裁化しました。 自分をヴードゥー教(ハイチの異教)の死…
1949年、中国共産党が中国の実権を奪い(中華人民共和国)、中国政府(中華民国)は台湾に逃げつつも、国際社会の支持を受けていました。 しかし旧植民地の独立を中華人民共和国(中国)が支援したことや、第二次インドシナ戦争でアメリカ(中華民国/台湾の…
1947年、ベンガルはパキスタンの一部(東パキスタン)として独立しましたが、政府がめちゃくちゃ強圧的でした。 そして1970年、ボーラ・サイクロンが直撃し、ベンガルは50万人の犠牲など壊滅的な被害を被りましたが、パキスタン政府がほぼ何もしなかったこと…
1960年に独立したナイジェリアでは、連邦制の下でハウサ人(北部、ムスリム)、ヨルバ人(西部、ムスリムとクリスチャン)、イボ人(東部、クリスチャン)が共存していましたが、イボ人とその他の対立からボコし合いが発生し、実権を握ったゴウォン(ハウサ…
1967年にイスラエルにボコされて(第三次中東戦争)以降、ヨルダンはイスラエルとのボコし合いを嫌がるノリになって行きました。 一方イスラエルを滅ぼしたいテロ組織PLOはこれに反発しましたが、一般パレスチナ人にも偉そうだったので、ヨルダン政府からも…
1967年に第三次中東戦争でイスラエルにボコされて以来、エジプトはイスラエルに勝つために、ちょくちょくイスラエルにちょっかいをかけていました。 スエズ運河一帯で砲撃、奇襲、空爆が繰り返され、またヨルダンに籠るテロ組織PLOがイスラエルを挑発し、ボ…
もともと同じ共産主義グループだった中国とソ連は、1956年から関係がこじれていました。 1969年、中国軍がダマンスキー(珍宝)島など3カ所(19世紀の国境取り決めの対象外でした)でソ連軍にケンカを売り、両者はボコし合い、核兵器の打ち込み合いに発展し…
1968年、チェコスロヴァキアのリーダーになったドゥプチェクは、言論などの自由や市場経済の導入、中立化といった改革(人間の顔をした社会主義)を実行します(プラハの春)。 しかしこれは、宗主国ソ連の社会主義体制を否定するものとみなされ、ソ連は東欧…
1954年の第1次インドシナ戦争終結後、ヴェトナムは北のヴェトナム政府(共産主義国)と南ヴェトナム(アメリカの傀儡)に分裂しました。 そんな南ヴェトナムでは、ゴ・ディン・ジェム大統領が仏教徒をボコし(仏教徒危機)て反米ゲリラ(南ヴェトナム解放民…
1964年、ヨルダンでテロ組織PLOが設立されると、シリアなどがこれを支持してイスラエルにちょっかいをかけ始めます(主に砲撃)。 これを見たソ連は、中東での影響力拡大のために、「イスラエルがアラブ諸国をボコそうとしている」という嘘情報をアラブ諸国…
1962年、北イエメン(現イエメン北部)で王政が倒されると、王国残党はサウジアラビアと組み、共和制グループ(エジプト、ソ連が支援)とボコし合いをします。 しかし、第三次中東戦争(イスラエルとのボコし合い)でエジプトがボコられ、北イエメンに関わる…
1962年の中印国境紛争で、中国がアクサイチン(カシミール北東部)を占領したのを見て、その真似をするためにパキスタンは、占領(実効支配)地域に軍を送り込みます。 これを見たインドは、ほぼ全部の国境地帯で、パキスタン軍をボコしまくります。 エスカ…
1950年に完全独立を果たしたインドネシアでは、国内がぐちゃぐちゃだったので、スカルノが「指導する民主主義」や「NASACOM(ナショナリズム、宗教、共産主義)」を掲げ、左派(共産党)と右派(軍)をまとめるというノリで政治をし、中国とか第三世界(中立…
1959年にアメリカの手下をやめたキューバをボコそうとして失敗した(コチノス湾事件)アメリカは、キューバに色々ちょっかいをかけていました(マングース作戦)。 そのためキューバはソ連にミサイル基地設置を頼み、ソ連はこれにOKを出しますが(アナディル…
1959年、キューバではアメリカの手下として圧政を敷いていたバティスタが追放され(キューバ革命)、革命政府(カストログループ)がバティスタやアメリカの利権を国有化したため、アメリカにブチギレられます。 これを見たソ連がキューバ革命政府を支援した…
Par 1(1枚目〜3枚目) 1950年代、ベルギー領コンゴで独立運動が起こり、ベルギー政府と独立派のボコし合いにまで発展して色々ヤバくなったので、ベルギーは独立を嫌々認めました(コンゴ共和国)が、ベルギー系住民が調子にのって国民の一部とボコし合いを…
1949年の現中国政府(中華人民共和国)誕生以来、中国とインドは結構仲良かったんですが、チベットでいろいろあってダライ・ラマ14世(チベット仏教で一番偉い人。仏教第一を標榜するチベット独立派に崇拝されているため、中国政府からウザがられています)…
1955年、エジプトの南隣・スーダンで、南部(キリスト教徒が多い、サブサハラ系)が北部(イスラーム教徒が多い、アラブ系)にキレて反乱を起こしました。 アラブ系つながりでエジプトとそのスポンサーのソ連が北部を支援しますが、アラブと敵対していたイス…
第二次世界大戦後、アジアやアフリカでは、日本がイギリス(当時世界一植民地を持ってる国)をボコしたことにインスピレーションを受けた独立運動が次々と発生し、1830年以降フランスに支配されていたアルジェリアでも、ヴェトナム(元フランス植民地)がフ…
第一次中東戦争後、イスラエルはアラブ系国家に囲まれる感じになりましたが、そんなイスラエルの西隣・エジプトで、革命が起きました(1952年エジプト革命)。 エジプトはアラブ民族主義を掲げ、自国内の超絶便利な運河(スエズ運河)を国有化します。 スエ…
1953年、スターリンが死んだ直後に、東ドイツでみんなにちゃんと給料払えデモが発生し、東ドイツとソ連軍がフルボッコにしました(東ベルリン暴動)。 しかし1956年にフルシチョフがスターリンをディスった(スターリン批判)ことで、スターリン頭おかしい的…
1953年、スターリンが死ぬと、フルシチョフが後継者となりました。 スターリンは在任中、少しでも金を儲け、ソ連に最も激しく抵抗したウクライナ人民共和国(1917〜1920)を抹殺するために、ウクライナ一帯から食料を大量にパクり、数百万人を餓死させていま…
第二次世界大戦後、日本領だった朝鮮に、呂運亨らを中心に独立国家(朝鮮人民共和国)ができました。 しかし満洲を滅ぼした勢いで入ってきたソ連が北部を(北朝鮮人民委員会)、日本を占領したアメリカが南部を統治する(在朝鮮アメリカ陸軍司令部軍政庁)感…
第1次中東戦争 20世紀初期以降、パレスチナにはヨーロッパからユダヤ人が大勢移住し、イスラエル再建しようぜ運動(シオニズム運動)が活発化し、アラブ人地主(エフェンディ)の小作人(ファッラーヒーン)が、自由なユダヤ人入植地に移住することもありま…
第1次印パ戦争 1947年、インドとパキスタンはイギリスから独立しましたが、ジャンムー・カシミール藩王国(インド一帯は藩王国が割拠していました)では、藩王がヒンドゥー教徒でインドへの帰属を望み、住民の80%がイスラーム教徒でパキスタンへの帰属を望み…
「なぜ世界は存在するのか」という究極の謎(哲学一難しい問題)の答えを漫画化してみました。 This is Comic of the Answer of Ultimate Mystery (Most Difficult Question in Philosophy), "Why is there a world?"