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朝鮮史シリーズ最終回 現代の南北朝鮮

みなさんこんにちは。梶原です。

今回は、現代の南北朝鮮について書き、このシリーズを締めくくります。

 

1961年、5・16軍事クーデター(第一クーデター)で政権を取った朴正煕(パクチョンヒ)は、1963年に共和党(ゴンファタン)を創設して自らが党首となり、そして大統領となって独裁を確立させます。

そして1965年、日韓基本条約を締結し、日本との相互請求権を放棄し、8億円(うち3億円は無償、2億円は政府借款、3億円は民間借款)を得ます。

また31万人の兵士をヴェトナム戦争(1961年〜1975年)に派遣し(1964年〜1973年)、アメリカから経済支援を得ます。また南ヴェトナム(アメリカ、韓国などが支援)に出稼ぎに行った労働者や兵士からの送金もあります。これらを投入し、漢江(ハンガン)の奇跡と呼ばれる経済成長を達成します。そしてこの経済成長により、現代(ヒュンダイ)、三星サムスン)といった重要な主要財閥が誕生します。これらの主要財閥(十大財閥)は、入社しているかしていないかが貧富の差の基準となる程、韓国経済にとって重要な存在となります。また漢江の奇跡により、北朝鮮との国力逆転に成功します。

ちなみにこのヴェトナム戦争では、韓国軍が略奪、強姦、虐殺、放火に明け暮れたことでも有名です。また韓国軍に強制連行されて慰安婦とされたヴェトナム人女性の子供達である男来(男と来で一つの漢字)大韓(ライダイハン)も有名です。このことに関して韓国は一応謝罪はしていますが、それは反日活動のための演出で、ヴェトナムへの経済支援を通してうやむやにしようとしているのが現実です。

1968年、金正朝(キムジョンチョ)ら北朝鮮の工作部隊が朴正煕暗殺を試み、失敗します(青瓦台襲撃未遂事件・チョンファデスプギョクミスサゴン)。このため朴正煕は北朝鮮への攻撃を計画しますが、アメリカに阻止されます。それで彼は、金日成暗殺のために高級で市民を募集し、684部隊を結成しますが、1971年の統一会談後に計画が中止になったため、684部隊が反乱を起こし、完敗します(実尾島事件・シルミドサゴン)。そして1972年に北朝鮮と南北共同宣言を発表します。

 

朴正煕は軍人時代は寡黙実直な人物でしたが、大統領時代から権力欲に満ちた女好きへと変貌します。1971年の韓国大統領選で対立候補金大中(キムデジュン)の新民党(シンミンタン)が45.3%の票を獲得し、自身の票(53.2%)に迫ると、1972年には十月維新(第二クーデター)を起こします。そして大統領特別宣言を発表し、国会解散、政党・政治集会中止、非常戒厳令改憲を強行します。そして対北融和的だった首都警備司令官尹必鏞(ユンピリョン)を解任し、仲間のKCIA部長李厚洛(イフラク)に命じて金大中を拉致します(金大中事件)。また1979年には民主派の一人の金泳三(キムヨンサム)を議員から除名します。これに対する反対運動(釜馬民主抗争・プマミンチュハンチェン)への鎮圧を計画し、これに反対したKCIA部長金載圭(キムジェギュ)によって暗殺されます。金載圭は「自由民主のために朴正煕を暗殺した」ことを認め、刑死します。

この後すぐ、全斗煥(チョンドゥファン)が粛軍クーデターを起こし、実権を握ります。翌1980年、北朝鮮が高麗連邦民主共和国(コリョヨンバンミンチュゴンファグク)を提唱します。朴正煕大統領暗殺後の民主化ムードを利用し、朝鮮の赤化統一を目指したのです。赤化統一を警戒した全斗煥は、光州事件(クァンジュサゴン)を起こします。左派の中心の一つである光州で民主派を弾圧し、反発して武装した市民軍と交戦し、600人の死者を出しました。

金泳三や金大中も逮捕され、金大中は一連の民主化運動の犯人とされましたが、1993年にこれらの民主化運動が評価されます。

光州事件については、韓国右派が北朝鮮の工作による暴動、韓国左派は民主化運動、北朝鮮は軍事ファッショに対する人民の反乱こと光州人民蜂起(クァンジュインミンポンギ)としています。もともと韓国は貧富の差などの原因でデモや政変が頻発している国で、その中で起きた民主化運動というのが事実と言えます。

この光州事件などの民主化運動に乗じ、北朝鮮ラングーン事件(1983年)や大韓航空機爆破事件(1987年)などのテロ事件を行いますが、国際社会から孤立します。そして韓国が盧泰愚(ノテウ)によって1987年に民主化し、1989年の東欧革命でソ連の衛星国が次々と民主化すると、1990年にはソ連が、1992年には共産中国が韓国と国交を結び、北朝鮮は孤立化します。そして1994年に金日成が死去して子の金正日(キムジョンイル)が正式に後を継ぐ(主体思想が確立されてから金日成を支えていた)と、北朝鮮は軍事至上主義である先軍政治(ソングンチョンジ)へと舵を切ります。

民主化により、韓国は反共右派以外も政治に参加できるようになります。そして金泳三(1998〜2003)や盧武鉉ノムヒョン、2003〜2008)といった左派が、北風と太陽になぞらえて太陽政策を進め、対話による民主的南北統一を図ります。

2011年、金正日が死に、息子の金正恩(キムジョンウン)が後を継ぐと、彼は2013年に10大原則(主体思想の原則)を改正し、社会主義から白頭の血統(金日成の家系)による王朝建設へ方針を転換します。また2017年に左派の文在寅(ムンジェイン)が大統領に就任し、民主化運動や親日清算による既得権益潰し、対中接近によって統一を計画します。翌2018年にはシンガポール米朝首脳会談が行われ、また韓国と北朝鮮が合同で板門店宣言(パンムンジョムソンオン)を発表します。

これからの朝鮮は、アメリカと共産中国の対立の中、東西陣営の違いを乗り越えた融和と、日本との対立の克服、これらを基とした新しい未来が求められます。南北それぞれの良きところを守り、必要な変革を行い、また歴史問題についても客観的事実に基づいた解決が必要です。

 

私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをもあらかじめ備えてくださったのです。(エフェソ2:10)

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。