聖書 そこにある真実

真実の百科事典 聖書を中心として諸々から紹介

朝鮮史シリーズ第20回 朝鮮王朝の末期と日清戦争〜韓国併合〜

みなさんこんにちは。梶原です。

今回は、韓国併合について書きます。

 

1895年、朝鮮は日本の力によって清から独立し、1897年には国号を大韓帝国と改めます。しかし皇帝となったのをいいことに高宗は税金を上げて庶民の不満を招きます。

そんな中で韓国(朝鮮)を取り込みつつあったロシアが、1904年〜1905年に日本に戦いを挑みますが、イギリス(当時世界最強国家)の支援を受けた日本の前に完敗します。日本は清、ロシアという二大国を韓国から締め出し、韓国を完全に掌握します。放っておくとどこになびくか分からないため、1904年には財政・外交の顧問に日本人を任命させ、1905年には韓国を保護国とします。

すると高宗は、1907年にハーグ密使事件を起こします。ハーグで開かれていた万国平和会議(国際会議)に3人の密使を送り、国内の混乱を全て独立の恩人である日本のせいにしたのです。これを韓国統監(1905年創設)伊藤博文は追求し、高宗は退位します。

日本はこれに激怒しますが、それ以上に韓国の親日派が激怒します。首相の李完用(リワンヨン)や一心会(イルシムフェ)といった親日派は、日本に韓国の併合を要請します。ロシアの南下政策への対策として、自らの都合で南の大国日本の関係を軋ませる皇帝より、日本に直接統治された方がありがたい、という考えです。

これに対し伊藤博文は、韓国が極度に貧しくて統治費用がかさむこと、韓国を終焉させる汚れ役となることを理由に「合併は甚だ厄介」として反対します。

これに激怒した安重根(アンジュングン)は、1909年、清のハルピン駅で伊藤博文を暗殺します。彼は韓国・北朝鮮では抗日の英雄とされていますが、実際は彼は天皇陛下を非常に尊敬しており、日本への併合に強く反対している伊藤博文を目障りと思ってこの犯行を行ったのです。死の間際に伊藤博文はこれを朝鮮人の犯行と知り、「俺を撃ったりして、馬鹿な奴だ」と言い残しています。

これによって朝鮮民族派の活動が活発化します。韓国では重税にあえぐ庶民が、日本と戦う義兵(ウィビョン)を名乗る盗賊となって日本人らを襲うことが常態化しており、治安も民の暮らしも全く改善していませんでした。それで民の不満の標的となった李完用らは日本に併合を要請します。韓国はこのままでは滅びる、日本に併合されないと終わりだ、ということです。

これを受けて日本は、1910年、韓国併合に関する条約を韓国と結び、韓国の統治権を全て日本に譲ります。1392年以来522年間続いた朝鮮王朝(大韓帝国)は、ここに終焉します。

高宗の後継者である純宗(スンジョン)は、併合後李王(リワン)を名乗り、朝鮮の旧当主として王族を名乗ります。彼は軽い知的障害があり、子供を作れない体であったため、彼の弟の李垠(リウン)が跡を継ぎます。彼は日本軍軍人となり、1936年の二・二六事件などで活躍します。彼の妻は梨本宮方子(まさこ)親王で、韓国名は李方子(リバンジャ)であり、最期まで夫に寄り添い、夫の死後も韓国に住み、そして韓国で亡くなりました。李垠夫婦の長男の李晋(リチン)は生まれて約9ヶ月で病死していますが、これに朝鮮独立派(朝鮮王族が日本に優遇されているのが面白くない)が関わったのではないかという疑いがありますが、そんな中でも支え合い、助け合い続けた夫婦だったのです。

高宗は李太王(リテワン)を名乗ります。純宗の孫である李金禺(金と禺で一つの字)(リウ)は日本軍人となり、1945年に被爆死した人物として知られています。李垠の次男の李玖(リグ)は李王世子(リワンセジャ)、純宗の弟で李垠の兄である李土岡(土と岡で一つの字)(リガン)は李公(リゴン)を名乗り、その子の李鍵(リコン)は日本に帰化した日本軍人の桃山虔一(ももやまけんいち)として知られています。また高宗の娘の徳恵翁主(トッケオンジュ)は、東京の女子中学院(当時の中等教育)で学び、対馬藩主を務めた宗氏の当主の宗武志(そうたけゆき)と結婚(1931年〜1955年)しています。

このように日本は、韓国の親日派の要請で韓国を併合し、旧王族(皇族)を王族として迎え入れました。朝鮮独立後に日本国憲法が王公族の廃止を求めた後、北朝鮮共産主義を標榜して君主制を全否定し、韓国は初代大統領の李承晩(イスンマン)が旧朝鮮王族(韓国皇族)の入国を拒否して旧朝鮮王族(韓国皇族)はその地位を失ったのです。李承晩失脚後、朴正煕(パクチョンヒ)が旧朝鮮王族(韓国皇族)の帰国を認めますが、地位の回復は認められず、今に至っています。

朝鮮はロシアを巻き込みつつ、日本の力によって清から独立し、そして日本の一部となりました。朝鮮独立までの過程、そしてその後の日本の朝鮮統治が現在の朝鮮の基礎となった(次回参照)ことを考えると、全ては主の備えありと思わされるのです。

 

主の山の上には備えがある。(創世記22:14)