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朝鮮史シリーズ第15回 文禄・慶長の役(壬申・丁酉の倭乱)〜慶長の役(丁酉の倭乱)〜

みなさんこんにちは。梶原です。

今回は、文禄・慶長の役(壬申・丁酉の倭乱)のうち、慶長の役(丁酉の倭乱)について書いていきます。

 

1597年、日本と明の停戦が決裂し、日本軍は釜山(プサン)を拠点に朝鮮での軍事活動を再開します。前回(文禄の役・壬申の倭乱)では兵糧不足と明の反攻やゲリラ戦に悩まされたため、この時は朝鮮南部(慶尚道全羅道)を固めて忠清道(チョンジンド)、そして漢城(ハンソン)方面へ北進する戦法をとります。

この戦争では全羅道(チョルラド)の海軍将軍である李舜臣(リスンシン)が活躍します。朝鮮海軍は慶尚道キョンサンド)の部隊が壊滅しており、李舜臣は日本軍の装備と数を考慮し、ゲリラ戦法をとります。そして全羅道南西部の明梁(ミョンリャン)で日本軍の先鋒を壊滅させますが、本隊と戦っても装備や数の面ではるかに劣り、勝ち目がないことからすぐに全羅道北端まで後退します。

この李舜臣、実は一貫してから朝鮮海軍を率いていたのではなく、一度彼が政敵に追い落とされた後に慶尚道の元均(ウォンギュン)がその任を務めていますが、元均が慶長の役(丁酉の倭乱)が始まった頃に命令を無視して日本海軍に突っ込んで戦死したため、再び朝鮮海軍の総司令官を務めています。そして冷静に日本軍の様子を見て、ゲリラ戦法によって日本海軍が全羅道から北進することを見事に防ぎました。

ちなみに韓国・北朝鮮では、李舜臣が亀甲船(ゴブクソン)という、屋根が鉄でその上に刀が突き出しており、前方と側面に大砲が備え付けてあるという船を使って日本軍の補給路を断ち、日本軍を撤退に至らしめるほど苦しめた、というのが通説で、日本でもこれが一般的ですが、亀甲船は日本の記録には一切出ておらず、また実際にその船を作って見ても、船体が重すぎて前に進みません。ただ李舜臣日本海軍をゲリラ戦で悩ませたことは事実です。

そして日本軍は順天(スンチョン、現在の全羅南道順天市)、泗川(サチョン、現在の慶尚南道泗川市)、蔚山(ウルサン、現在の蔚山広域市)を拠点として明・朝鮮軍の反攻と対峙します。これらの城は朝鮮南部に日本が築いた城の中心的なものでした。

1598年、順天では小西行長が、泗川では島津義弘が、蔚山では加藤清正が籠城します。

順天には李舜臣も協力して明・朝鮮軍(54556人)が日本軍(13700人)に襲いかかりますが、日本軍は城を守り抜き、そして明・朝鮮軍を打ち破ります。明・朝鮮軍は兵糧までも捨てて命からがら逃げました。

泗川では島津義弘率いる日本軍(15000人)が明軍(朝鮮軍を含め50000人)の火薬庫を砲撃して混乱に陥れ、そして奇襲を仕掛けて完勝します。島津義弘は鬼石蔓子(おにしまづ・クイシーマンズ)として朝鮮・明にその名を轟かせ、恐れられます。

蔚山では加藤清正率いる日本軍(10000人)が楊鎬率いる明軍と権慄(グォンユル)率いる朝鮮軍の連合軍(57000人)を迎撃します。彼は勘が鋭く、その勘を生かして危険との反対意見を押し切って明・朝鮮軍と交渉して時間稼ぎを行い、そして毛利秀元率いる援軍(13000人)と共同して明・朝鮮軍に完勝します。朝鮮軍の司令官の権慄は、作戦がずさんで戦果を偽り、その上臆病という性格でした。戦争で本当の強さの源は、祖国のために戦うという責任感です。その責任感が明・朝鮮軍の上層部には全くなかったのです。そして日本軍は慶州(キョンジュ)南方まで明・朝鮮軍を追いました。

このように日本軍は朝鮮南部で明・朝鮮軍の反攻を防いでいた矢先、豊臣秀吉が死去します。当時スペインが没落しており、スペインを追い落としたヨーロッパの新興国であるイギリスは海外に進出するだけの国力がそこまでありませんでした。そのため、東アジアを狙う国がいなくなります。日本は元々征明(大明征討)というように、明を征服してスペインを牽制することを目的としていました。その明も朝鮮への支援や内紛で荒廃しており、この戦争をきっかけに一気に滅亡へ向かいます。朝鮮は元々明への通り道としかみなされておらず、またあまりにも貧しくてどこの国の気も引いておらず、飢餓や疫病に満ちた土地でした。そのため日本軍は、各部隊が先を争うように帰国します。

中国の歴史書である「明史」(1739年)によれば、明・朝鮮軍は日本軍の奮戦に悩まされ、豊臣秀吉の死による日本軍撤退によって救われたそうです。

この戦争を慶長の役、朝鮮では丁酉の倭乱こと丁酉倭乱(チョニュウェラン)と言います。

 

この戦争では日本軍は、飢餓や数の不利にもかかわらず必死で戦い、明・朝鮮軍を悩まされました。その日本軍を支えたのは、祖国日本への愛と責任感でした。しかし日本は不滅ではありません。その日本以上に愛と責任感を置く価値のあるものは、不滅の神である主イエスのみです。これこそ真の希望なのです。

しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。(イザヤ40:31)