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朝鮮史シリーズ第11回 朝鮮王朝の確立とハングルの真実〜前半〜

みなさんこんにちは。梶原です。

今日は朝鮮王朝の確立と、ハングルの真実について書きます。

 

1392年に朝鮮王朝が建国された後、朝鮮王朝は早速内紛に見舞われます。太祖(テジョ、李成桂)を凌ぐ影響力を持った鄭道伝(チョンドジョン)と王世子李芳遠(リバンウォン)が対立します。鄭道伝は高麗時代、李成桂の反元親明に同調していましたが、朝鮮王朝確立後は明からの自立、私兵廃止、宰相(チェサン)を中心とした士大夫(サテブ)による政治の主導、高句麗(朝鮮では朝鮮系とされていますが、実際はウラル系)の旧領遼東半島の「回復」による腐敗の打破を主張し、太祖の支持も得ますが、李芳遠は属明、私兵残存、王権強化を主張し、自らの親明を生かして明の援助を取り付けて、太祖の死後鄭道伝を殺し、1400年に太宗(テジョン)として即位します。そして対明自立派を粛清した功により、権知朝鮮国事(第10回参照)から朝鮮王に引き上げられます。

彼は権近(ゴングン)などの取り巻きを使い、朝鮮の絶対王政を確立させます。

そして1419年、朝鮮王朝は倭寇の討伐を口実として対馬を荒らしますが、対馬の日本軍に完敗します(応永の外寇)。しかし民間の交易が活発化したことにより、元々密貿易を主な生業としていた倭寇(前期倭寇)はたちまち衰退し、消滅します。

1418年、太宗の三男世宗(セジョン)が即位します。彼はハングルの発明者として有名です。

ハングルを発明して朝鮮の民族文字を作り上げたことは彼の功績ですが、同時に彼は暗い歴史を刻んでもいます。朝鮮の歴代王朝は中国に女性を貢いで媚びるということを5世紀からしていたのですが、彼はそれを制度化したのです。

朝鮮王朝実録「仁祖録」によると、朝鮮王朝は中国に金100両、白銀1000両、牛や馬、豚、美女など20余種を3000ずつ毎年上納するように強いられていました。太宗の代までは孤児を上納していましたが、ブサイクが多数混じっていたために中国の怒りを買い、それを防止するために世宗は、進献色(チンホンセク)という役所機関を設置し、美女を見つけ次第連行し、12歳以下の女性の結婚を禁じ、徴発逃れは村全体を苛烈な拷問などで処罰するということをしました。この中国に上納された女性を、貢女(コンニョ)と言います。

しかし元の時代、トゴン・テムル(恵宗、在位1333年〜1370年)が高麗人貢女(奇皇后)を皇后とし、彼女が宮廷で皇后の地位を使って権力をほしいままにしたために、ただでさえ緩みきっていた国家としての団結にとどめが刺さり、元が中国から追放されるということがあったために、中国の王朝のルールで「貢女から皇后を娶ってはいけない」という規則がありました。要は貢女はひたすら権力者のおもちゃにされ、食べられたりしてしまっていたのです(中国は昔、食人が蔓延していました)。

 

次回は、ハングルの発明と世宗の他の業績について書きます。