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朝鮮史シリーズ第9回 高麗後半期と元寇(蒙古襲来)〜後半〜

みなさんこんにちは。梶原です。

今回は、元寇(蒙古襲来)とその後の高麗について書きます。

 

元寇とは、明治時代に中国・朝鮮人たちが「自分たちが倭寇(第10回参照)に襲われた」事実ばかりを取り上げていた時の反論で考え出された言葉で、正式名称は「蒙古襲来」です。

この蒙古襲来は、高麗(コリョ)の王である忠烈王(チュンニョルワン)の提言で発生します。韓国・北朝鮮(高麗の子孫)では、元寇(蒙古襲来)は元に巻き込まれていやで行ったものだ、我々は被害者だ、という見解が主流ですが、前回でも書いた通り、彼は元の将軍の大半が日本侵攻に否定的な中で積極的に日本侵攻を進言し、文永の役(1274年)では人夫3万人を動員して作った軍船900隻と兵士5000〜6000人、水夫6000〜8000人を献上し、弘安の役(1281年)では各々を倍献上しています。そして高麗軍は日本で男虐殺、女数珠繋ぎ、子供200人王に献上といった蛮行を働いています。

1274年、忠烈王が高麗王となって高麗が完全に元の属国となり、東アジアで元に従っていない国は日本だけになりました。その日本に元・高麗軍3万人(元軍2万4000人、高麗軍5000〜6000人)が船900隻(全て高麗製)に乗って攻めかかってきました。

実は三別抄の乱鎮圧後、圧政と戦乱で荒廃した高麗を捨てて、当時の高麗人200万人のうち60万人が元軍についていきます。元は彼らに満州南部を与えます。現在の咸鏡道、両江道、平安道、慈江道(以上現在の北朝鮮)、間島(現在の中国吉林省東部)です。そこに住んで高麗系元人となった彼らは、自分たちが先に元に従ったから高麗人より偉い、ということで同族の高麗人に対してこれでもかというくらい威張りました。

また「高麗史」によると、元の役人や軍人(合計約6000人)が日本侵攻の基地である高麗に滞在した時に、食料が徹底的に徴発され、女性は結婚を禁じられて彼らに献上されたそうです。そのために高麗の庶民は、草木を食べて飢えをしのいだそうです。自らの保身のために王様がここまで国力を無視した無茶をする国の民がかわいそうです。

さて、1274年の文永の役では元・高麗軍3万人が高麗を出発し、対馬壱岐で日本軍を全滅させて男を虐殺、女の手首に針を通して数珠繋ぎにして船の側面に吊るし、子供は誘拐する(食料用、献上用)という蛮行を働き、博多に上陸します。日本軍約1万人が迎撃します。元・高麗連合軍はてつはう(爆弾)や毒矢(満州人や朝鮮人の武器で、モンゴルにはありません)によって日本軍を圧倒しますが、日本軍は奮戦し、元・高麗軍は一日で退却します。

もともと元軍に限らずユーラシア大陸では、敵国を攻めるときは自らの手をなるべく汚したり犠牲者が出ないようにするために、敵国への最前線に当たる被征服民を最前線に駆り出していました。事実、文永の役弘安の役も、元・高麗軍は元軍上層部を除けば皆高麗人でした。そして1279年、元は中国の南宋を完全に滅ぼし、中国人も前線に駆り出せるようになります。

ちなみに忠烈王は高麗軍も元軍にまとめ、自らを元軍指揮官にしてくれと懇願していたそうです。もちろん却下されましたが、一国の王ではなくて(ラシード・ウッディーン「集史」フビライ・ハン紀より)元の属国王(ローマ帝国でのヘロデ大王と同じ役目)だった彼は、この元の征服戦争でなるべく自らが戦果を勝ち得たいと思ったのは自然のことでしょう。

1281年の弘安の役では、元軍のうち東路軍(高麗より、高麗人が主力)56989万人(元軍3万人、高麗軍9960人、水夫17029人)が船900隻(全て高麗製)、江南軍(中国より、旧南宋人こと中国人が主力)10万余人(元軍10万人、水夫数万人)が船3500隻(中国のイスラーム商人などにより調達)に乗って攻めてきます。日本は博多湾に約20キロの石塁(石築地・いしついじ、元寇防塁)を挙国一致で事前に築き、元軍を防ぎ止めます。元軍は博多湾以外でも打ち破られ、台風(神風)によってトドメを刺されます。元は巻き返しを図ろうとしましたが、勝ち目がないとして諦め、この後はもう2度と日本を侵略しませんでした。

日本は報復として高麗を侵攻しようとし、元もこれに備えて金州(クムジュ、現在の慶尚南道金海市)に鎮辺万戸府(チンビョンマンホプ)を設置しましたが、高麗が6000人の元高官・軍を養っただけでも飢餓が蔓延したほどの貧困国で、戦果が見込めず戦費がかさむだけという理由で中止になりました。元も中国・朝鮮の庶民に相当の負担を与えて日本侵攻を続けるのは無謀ということでこれを諦めました。

高麗は彼らが宗主国と崇めていた元が、「夷狄」と見下していた日本に惨敗したのを見て内部が動揺し、元の支配も形骸化します。そして日本侵攻へ国力をかなり費やしたために一気に衰退し、滅亡へと向かいます。

 

自分たちの保身のために宗主国の元を巻き込んで他国を襲い、瀕死の重傷を負って元にも大損害をもたらした高麗。そして家族や家臣、祖国のために命をかけて戦って勝利を勝ち取った日本。この二者を対比するとき、人に損害を与えてまでも自らの欲望を満たすことより、正義と愛にどこまでも身を捧げることの方が勝るということを、私たちに示しています。

悪者は、借りるが返さない。正しい者は、情け深くて人に施す。(詩篇37:21)