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朝鮮史シリーズ第3回 朝鮮人の起源と三国時代〜後編〜

みなさんこんにちは。梶原です。

さて今回は、前回説明した朝鮮人の起源と三国時代の続きを書きます。

 

三国時代とは、百済新羅高句麗の三カ国が朝鮮に並立した時代です。朝鮮半島南部は任那日本府として日本の一部になっています。この四者について見ていきましょう。

高句麗(コグリョ):中国の歴史か韓国・北朝鮮の歴史かで論争があります(高句麗論争)。扶余人(ウラル系)の朱蒙チュモン)が前57年に建国し、202年に国内城(グクネソン、現中国吉林省集安市)を首都とします。242年から245年に魏の侵攻によって丸都城(ファンドソン、国内城の近くの山城)を落とされますが、313年には楽浪郡を滅ぼします。369年から371年に百済を攻めて敗れるも396年に百済に大勝します。375年に仏教を受け入れ、475年には百済の首都慰礼城を奪って百済を壊滅させます。5世紀を通して倭(日本)と争い続け、百済新羅を圧迫させます。427年に平壌ピョンヤン、現在の平壌市街北東の丘)、552年に長安城(チャンアンソン、現在の平壌市街)に遷都します。その頃百済新羅が北進して勢力が衰退しますが、598年と612年から614年に隋(581-618、中国のモンゴル系王朝)の侵入を撃退します。645年-648年に唐(618-907、中国のモンゴル系王朝)の侵入を撃退してその属国となった新羅に攻め込みますが、660年の百済滅亡に続いて唐と新羅に同時に攻め込まれ、その最中での内紛も加わって668年に滅ぼされます。

新羅(シルラ):前57年に倭(日本)人の赫居世(ヒョッコセ)が建てた国で、民は韓人です。濊族や漢族も入り込んでいました。斯蘆(サロ)国こと金城(クムソン)(現在の慶尚北道慶州市)を首都とし、高句麗に従属したり任那百済とその同盟国日本(200年頃に神功皇后が朝鮮三国皆制圧したことがあります)と戦ったりして勢力を地道に拡大し、503年には当時の君主である智証麻立干(チジュンマリッカン)が正式に国号を新羅とし、初めて王(それまでは尼師今・イサグム、麻立干・マリッカンと名乗っていました)を名乗ります。そして520年には律令を導入し、527年には仏教を導入し、552年には慰礼城(現在のソウル)を獲得します。562年には任那を滅ぼしますが、642年に百済に敗れ(大耶城の役)、高句麗の圧迫も加わります。そのため650年に年号と官制を唐に合わせて唐への従属を証明し、唐の力を借りて660年に百済を滅ぼし、663年には百済の残党を殲滅して日本を朝鮮から追放し(白村江の戦い)、668年には高句麗を滅ぼして朝鮮を統一します。新羅の朝鮮統一の過程については次回で詳しく書きます。

百済(ペクチェ):前18年に高句麗建国者の朱蒙チュモン)の子温祚王(オンジョワン)が建てた国で、民は韓人(朝鮮半島にいた倭人)です。313年に帯方郡を滅ぼし、その郡治を慰礼城と改名して国家を確立させます。370頃に倭国に従属し始め、同時に中国の南朝漢民族系)にも従属します。384年には仏教を導入します。475年には高句麗の圧迫により熊津(ウンジン、現在の忠清南道公州市)に遷都し、538年には泗沘(サビ。熊津の南方にあった。)に遷都し、この年に日本に仏教を貢ぎます。しかし高句麗の衰退に乗じて新羅に圧迫され、660年に滅亡し、その残党も3年間奮戦しますが663年の白村江の戦いで残党も殲滅されます。律令制はなく、代わりに佐平(チュワビョン)制という独自の官制がありました。

任那こと伽耶(カヤ):任那日本府として現在の韓国南部を統治し、主都は金官国(旧狗邪国)で、414年頃に設置されます。512年に百済に西部(任那四県)を併合され、562年に新羅に完全に滅ぼされます。ちなみに西部の栄山江流域(現全羅南道)では前方後円墳が大量に見つかっています。前方後円墳神道的な要素(堀を外との隔てとするなど)を取り入れ、大勢の人の手によって作られる日本固有の陵墓です。任那は完全に日本の一部だったのです。ちなみに日本本土と比べて木が少ないために加羅(カラ)という別名もあります。

 

さて、朝鮮人の起源についてですが、朝鮮の王朝についてまとめると、以下の通りになります。

高句麗:扶余人(ウラル系)の王朝で、民は扶余人と満州人、中国人、濊族です。

三韓任那は日本の属領、百済は扶余人(ウラル系)、新羅は日本人の王朝です。民は皆韓人(朝鮮にいた日本人)です。

統一新羅:6世紀から7世紀に濊族が北から大量に流入してきて韓人と同化して朝鮮人となり、そのあと朝鮮を統一したため、朝鮮人の国です。

渤海高句麗の残党であり、扶余人の王朝です。民は扶余人と満州人です。

高麗:満州人の王朝で、民は朝鮮人です。

朝鮮:満州人の王朝で、民は朝鮮人です。

この一覧表を見ればわかる通り、朝鮮人は韓(日本)人と濊族の混血によって7世紀に誕生した民族で、扶余人や中国人、満州人やモンゴル人(属国であった歴史が長いため、宗主国である中国、モンゴル、満州の民が流入しています)の血も入っています。朝鮮人檀君より5000年続いた単一民族というのは大嘘なのです。

 

私は単一民族とか混血民族とかそういうので人を決めつけるのは悪だと思います。それぞれの民族の文化があり、それぞれ長所と短所があり、それを尊重し合うのが人としての道で、それをせずに自国の誇りのために歴史を改竄することは、非常に問題だと思います。そこを直していけば、韓国・北朝鮮はもっとよくなれるのに、と思います。

わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。(イザヤ43:4)

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは、御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。(ヨハネ3:16)