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朝鮮史シリーズ第2回 朝鮮人の起源と三国時代〜前編〜

みなさんこんにちは。梶原です。

さて今回は、古朝鮮に続く三国時代について書いていきます。

 

まず、三国時代が始まる前の漢四郡と三韓について書きます。

漢四郡とは、漢が衛賊(衛氏朝鮮)を滅ぼした後に今の北朝鮮に置いた郡ので、楽浪郡真番郡、臨屯郡(以上前108設置)、玄菟郡(前107設置)のことです。

普通、郡はその土地を支配するために置かれます。しかしこれらの郡は、もう二度と衛賊のような凶暴な集団によって日中交易が邪魔されないように置かれたものです。さて、当時の朝鮮とは、どのような土地だったのでしょうか?

 

現在の満州に、満州女真)族がいました。彼らはトゥングース族の中心民族として有名です。ちなみにトゥングースは満州語で豚を買う人、女真はジュルチンの中国語表記で、ジュルチンとは満州語で人民という意味です。この土地を10世紀ごろに訪れた中国人が彼らに出自を聞いた時に、彼らが人民だと答えた時に、中国人が彼らの民族名と勘違いしたことによります。満州という名前は1635の清の時代に考えられたものです。

彼らの習俗は極めて独特です。

1) 洞穴か地下に掘った穴に住む。

2) 豚を飼っている。

3) 豚の脂を防寒用に全身に塗る。

4) 毒矢を狩りに使う。

5) 部族さえも存在せず、部落が山に散在している。

6) 周辺諸国への略奪に明け暮れている。

その過程で、朝鮮人の祖先は部落同士の争いに敗れ、朝鮮半島に追われます。朝鮮半島は極めて痩せており、満州以上に狭隘です。そのため、彼らは飼っていた豚さえも失ってしまいます。そして非常に貧しく不潔な生活を送るようになります。彼らは濊(イェ)と言います。

濊(イェ)は現在の北朝鮮中南部と韓国北部に住んでおり、中国語で糞尿という意味です。糞尿と味噌の区別がつかないほど衛生観念がなかったのです。文明も神話も何もなく、ただ少人数で部落を作り、泥棒をしていただけの集団です。そして周辺民族といかなる交易も持っていません。不潔で貧しく、交易する価値がないどころか近寄りたくすらない集団とみなされていたのです。

 

さて、漢四郡のうち真番郡と臨屯郡は前82年に廃止され、玄菟郡も前75年に満州南部に移転されます。そして残った楽浪郡も本部の楽浪郡治(現在の平壌)以外は文明もなく、砦しかありません。なぜなら、その土地は濊族しかおらず、彼らを追い払って日中交易の安全を保つための砦だけで十分だからです。

204年には楽浪郡の南半分が帯方郡として分設されます。帯方郡は今の韓国北部のことで、こちらも郡治(現在のソウル)以外は砦以外の集落がなく、濊族を追い払うだけだったのです。

 

帯方郡の南に行くと、三韓があります。この三韓は三つに分かれます。

馬韓(マハン):現在の韓国南西部一帯。54国に分かれていましたが、前18年ごろから百済まとまり始め、313年に帯方郡を滅ぼします。そして旧帯方郡治を慰礼城として首都とし、朝鮮半島南西部を支配します。

弁韓(ビョンハン):現在の韓国南部一帯。12国に分かれ、のちに任那日本府の統治下におかれ、日本の属領となります。

辰韓(ジンハン):現在の韓国南東部一帯。12国に分かれ、前57年に統一されて新羅になります。

そのほか、橐離(たくり、コリ)国ことシベリアから南下して遼河文明を作るも、漢民族に追われて遼河上流域に逃れた夫余(プヨ)が建国した高句麗(コグリョ)もあります。

さて、三国時代については次回で詳しく書きます。