聖書 そこにある真実

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日本国憲法について

今日は日本国憲法公布71年です。

安倍首相が自衛隊について書き加える改憲案を明示して、憲法改正に向けた動きが加速しています。

日本国憲法の三原則は、97条〜99条によると、

1 基本的人権

2 憲法、条約および国際法の遵守

3 憲法尊重擁護の義務

です。又それらを一言で表した条文は、25条の

1 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

です。(2項は、1項の補足なので、ここでは割愛させていただきます。)

しかし今一番話題になっているのは、戦争の放棄を謳った9条です。

その内容を見てみましょう。

1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。(国際紛争解決のための戦争放棄

2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。(戦力不保持)

この解釈は三つあって(この違いは、戦後ずっと論争の種になってきました。)、その内容は、

1 自衛戦争も放棄

2 侵略戦争を放棄し、専守防衛に徹する

3 平和のためなら、自国の防衛と関係なしに他国での戦闘も容認する

です。

そもそも日本国憲法とは、理想が並べ連ねられていますが、アメリカが日本を占領していた時に日本支配を徹底させるために作ったものです。

事実、アメリカは日本国憲法を作る時に、日本側の改憲案をすべて一蹴しています。

そんな中で、社会党議員でクリスチャンの芦田均(1887~1959)は、非武装中立を謳った憲法9条を読んで危機感を抱き(在日米軍なしに日本を防衛できないため。東西冷戦がエスカレートしていた当時、自国を防衛できるかは一国の存続に関わった)、「全恋の目的を達するため」という案を書き加えるようGHQに要請し、受け入れられました。

彼の努力が実った形の憲法9条と、アメリカの東アジア地域における影響力があってこそ、日本は廃墟から復興し、世界に輝く大国になったのです。

ただ、憲法9条は、ポジティブ・リスト(禁止を前提とし、例外的に許されていることのリスト)に基づいて自衛隊が活動するように義務付けています。そのため、阪神淡路大震災の時などは、自衛隊の活動制限のために、瓦礫から抜け出せぬまま焼け死ぬ人が続出しました。

これは本当に憲法の役割に沿っているのでしょうか?憲法をはじめとする法律は、国民の幸福のためにあるのではないでしょうか?

ただし、憲法9条が戦後日本に大きく貢献していたのも事実です。憲法9条の美学を残し、それをもっと生かすためにはどうしたらいいのでしょうか?

宗教的じみた護憲は、上記のような9条の問題点を踏まえると、時代にあったものとは言えないですし、安倍首相の改憲案のような改憲は、9条の死文化の恐れがあります。

それで、9条に関してはこのような改憲案がいいかと思います。

1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。(戦争放棄を謳った第1項は維持)

2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。ただし自衛隊の活動は、国民の生存権を守るためのものである限り、これを認める。(戦力不保持に加え、専守防衛を明記)

というものです。

こうすれば、戦後日本を支えてきた平和の元になった、戦争放棄の美学は残り、上記のような実害が消え去ります。

聖書では、「殺してはならない。」(出エジプト20:13)とありますが、同時に

「出て行ってアマレク(出エジプトの途上のイスラエルを襲撃した民族)と戦いなさい。」(出エジプト17:9)

というように、専守防衛を罪と断じてはいません。(侵略戦争については、ヨシュアのカナン遠征やダヴィデの軍事活動のように例外的に認められたものもありますが、基本的に上記の殺人と同じ扱いです。ダヴィデもその軍事活動ゆえに、エルサレム神殿建設に携われませんでした。)

みなさん、戦後70年余の今、右や左ではなく、前に進みましょう。